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南三陸町のタブの木は生き残った!

 

植物生態学者の宮脇昭さんの話を聞いた。元気な先生の声が気持ちよい。


(写真;鎮守の森、ウィキペディアより)


ここで先生の主張をウィキペディアで整理しておこう。


=国内外で土地本来の潜在自然植生の木群を中心に、その森を構成している多数の種類の樹種を混ぜて植樹する「混植・密植型植樹」を提唱し活動している。


「日本の常緑広葉樹を主とする照葉樹林帯では土地本来の森は0.06%しか残っていない。ほとんど人間が手を入れて二次林や人工的で単一樹種の画一 樹林にしてしまった。これが台風や地震、洪水などの際の自然災害の揺り戻し(2次災害)が起こる諸悪の根源である。その土地本来の潜在植生は、「鎮守の森」を調べればわかる。大抵、シイ、タブノキ、カシ類の木々が茂っているはずだ。」と言う。


とくに、「スギやヒノキ、カラマツ、マツなどの針葉樹林は、人間が材木を生産するため人工的に造林したもので、人が手を入れ続けなければ維持できない。本来の植生は内陸部ではシラカシなどの常緑広葉樹、海岸部はタブノキ、シイ等のいずれも照葉樹林が本来の姿である。現在の針葉樹では20年に一回の伐採と3年に一回の下草刈りが前提で、それをやらないと維持できない偽者の森である。

 

マツにしても、元々条件の悪い山頂部などに限定して生えていただけのものを人間が広げてしまったのだからマツクイムシの 大発生は自然の摂理である。その土地本来の森であれば、火事や地震などの自然災害にも耐えられる能力を持つが、人工的な森では耐えられない。手入れの行き 届かない人工的な森は元に戻すのが一番であり、そのためには200年間は森に人間が変な手を加えないこと。200年で元に戻る」と主張している。=


★タブの木は日本文化の原点=折口信夫の評価


かつてはオリーブの広葉樹がたくさんヨーロッパにもあった。


しかしこうした森を切り倒したためにメソポタミア文明、ギリシャ文明、エジプト文明、ローマも1000年もたず滅亡した。


むかしは日本からヒマラヤにかけて照葉樹林地帯であった。シイの木は国の天然記念物。カシの木は照葉樹文化帯。ところで関東大震災で被服廠周辺では38000人もの人たちが死んだ。しかし清澄庭園周辺はタブ、シイ、カシの木が生い茂り防災となり死者はでなかった。


シイ、タブ、カシの木は根が深い。深根性がある。針葉樹は根が浅い。すぐに倒れる。この度の大震災で南三陸町のタブの木は生き残ったのだ。


(写真:万里の長城、ウィキペディアより)


だからその土地に適した木がある。植生繁茂した木がある。そうした木を植えよう。(野菜づくりもこの指摘に注目!とくに特産物はそうだ)昔は98%が森であった。いまや0.06%しか残っていない。つまり2次林だ。人類が生存した500万年の間で、490万年は森の中で暮らしていた。


スペインは大航海時代、船をつくるために森を切り倒した。牧畜は下草まで食べつくした。→ 森の下にはもう一つの森があるといわれる。


森はいがみ合い、耐えながら生きてきた。いまやほんとの森は鎮守の森にしか残されていない。


人間には40億年の遺伝子が受け継がれている。未来にほんとの森を残すために、この0.06%の森を拡大させていくしかない。どんぐりを拾い苗木(ポット苗)、ヤブツバキなどを1平方メートルに3から5本植える。つまり密植する。競争する。その競争に負けると肥やしになる。こうして森は自然に生きていた。


津波の瓦礫は使える。木の根は息をしている。地球資源となる。コンクリートのかけらもいいのだ。


人工林の里山は手入れができなくなるとお仕舞いだ。しかしセントラルパークはいい。


また花みずき(ドッグフード)はインチキな木だ。ニセアカシアも本物ではない。本物の木を植える。ヨーロッパの森のように崩壊した芝生の公園を美しいと真似していてはいけない。生命の森づくりをするべきだ。


こうして宮脇先生のご指摘を考えると、私が思っている農法とも符合していくことが理解できました。植物生態学的にもあまり人間の手をいれないほうがいいのかもしれない。これまであまりにも効率優先ですすんできたので、ここらあたりで反省をすべきであろう。


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