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奥州藤原文化の食料基地だったのが「江刺」だ!

夏草や兵どもが夢の跡 

 

 

歌人・西行を敬愛した松尾芭蕉も平泉にやって来ました。奥州藤原氏や義経の栄華も夢のように儚いと名句を残しました。 ところで平安時代末期の平泉に武士の都を築いたのは藤原清衡であった。

平泉には中尊寺、毛越寺などやがて藤原秀衡の時代に平泉は絶頂期を迎えた。京都と比べ遜色のない大寺院が立ち並び北の都に燦然と輝いていた。

奥州藤原氏初代・清衡が生まれたのが江刺である。その平泉文化の食料基地的役割を果たしたのが江刺であるともいわれる。

食料が潤沢に供給されなければどんな文化も栄えない。そこで食料基地としての役割を現地で考えてみたい。それが私の20年来温めていた構想であった。それが気心の知れた参加者とともに、平泉文化の一部を実感できたことは望外の喜びであった。

中尊寺に行く途中の高台から遠く束稲山を眺めると、北上川の先に豊に実る広大な水田が広がっていた。古戦場に立った歌人西行はいったいここで何を感じたのか。静寂感漂う毛越寺では往時を偲ばせられた。

ところで福島大学名誉教授・工藤雅樹さんは『平泉で栄華の頂点を極めた藤原秀衡』のなかで次のように指摘される。「北の経済システムとは奥州が産する豊富な砂金や日本一の駿馬とされた糠部の馬産。

さらに都では垂涎の的となる高級馬具材のアザラシの皮や、矢羽根として珍重された鷹の羽といった、北方世界との交易で得る産物を含めたものだ。莫大な富を生む北の経済システムを安定的に維持し、これらの品物を確実に京に届けられる存在として清衡は選ばれた」とみごとな解説をされている。 豊富な砂金は中尊寺金色堂に活かされ、日本一の駿馬の馬産の伝統は畜産農家に引き継がれ、「江刺牛」や「前沢牛」として結実した。

また江刺市の中心地の岩谷堂は古代から地方を支配する豪族の居館がおかれ、北上川の舟運による物資の集散地として開けた。北上川の果たした役割は大きい。

さて岩手江刺農協は1982年に市内7農協が合併して誕生した。北上川流域の肥沃な土壌を活かし「米、牛、野菜、りんご」の4本柱を組み合わせて江刺型複合農業が実践されている。

「江刺金札米」「江刺牛」「江刺野菜」「江刺りんご」のブランドが確立され、地産地消運動とともに全国へ向けても積極的に対応されている。

「江刺野菜」とは・・・江刺型複合農業の一翼を担う基幹作物として、果菜三品(トマト、キュウリ、ピーマン)を中心に、葉菜・根菜、花卉や菌茸類など、高品質野菜の長期安定生産に取り組まれている。平成14年度には葉果菜三品生産者全員が、エコファーマー認定を受け、栽培履歴の記録徹底と情報開示に努め、安全・安心と信頼を消費者に提供。果菜類中心で夏秋キュウリ、促成キュウリ、抑制キュウリ、トマト、ミニトマト、露地ピーマンなどがある。

「江刺りんご」とは・・・1973年に全国に先駆けてワイ化栽培を取り入れ、団地造成を進め、現在は13の生産団地を中心に栽培されている。

各品種とも一流ブランド品として評価が高く、とくに「サンふじ」(ふじの無袋栽培)は平成17年の初出荷で55万円(10キロ入り)の国内最高価格で取引されるなど、全国一の味と品質を誇っている。

トマト・りんご選果施設である同農協の園芸センターを視察した。ピーマン、ハウスピーマンの産地である。

同センターは平成14年度の事業で取り組まれ、平成15年6月に完成したものである。処理量はトマト7,200cs/日、りんご6,000cs/日の能力がある。案内していただいたのが園芸部副調査役・駒込利昭さん。NHKの大河ドラマ「炎立つ」に私も動員がかかり、エキストラで出演しましたという駒込さんの説明によると、サンふじ(30%)、ジョナゴールド(23%)、つがる(20%)、その他にきおう(岩手県育成)、さんさ(農林水産省育成)、トキ(青森県育成)があり、来年には新品種が登録される予定という。訪問したときにはさんさの選果が始まっていた。

試食させてもらったが食味はとても素晴らしかった。りんご産地は標高30mの平場から450mの山間地まであり、品質的に大きなブレがないのが特徴だと自慢する。

30年の共販の歴史があり共販率は70%余と見事なものである。やはり銘柄品をつくる産地は強い。 農協系統組織の磐石なところは、アウトサイダーの暗躍できる場面がない。組織づくりは見事なもの。まさに伝統の力は恐るべしと実感できる産地であった。


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