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スーパーはどのようにして崩壊していったのか?

 

  

 

 

苦情こそ取り入れよ

 

  

地域一番店として名声の高かった某スーパーの青果担当仕入部長は、仕事熱心でバイタリティのある男だった。


同店はもとはといえば地元の八百屋であったが、いまや15店舗を展開する伸び盛りのスーパーに成長していた。仕事に燃えていた部長はある日、納入業者の社長から酒宴に誘われた。

そして、社長の接待にのり自分の銀行口座を教えてしまったのだ。

 

以来、毎月結構な金額のリベートが振り込まれて来るようになった。立派な背任罪の始まりである。半年も経たないうちに、部長の私生活は派手になってゴルフ三昧となった。

逆にこうしたウラを肌で感じた部下の若い担当者は仕事にやる気を失い、売り場は手入れが行き届かず陳列された商品は悲鳴をあげていた。


中堅どころの社員3名が職場を去った。あとはもう急展開である。売り場の活力はなくなってきた。となると敏感なものでたちまち常連客の姿が消えた。消費者は無言である。

 

しかし消費者のこの無言の反応を決して軽くみてはならないのだ。

逆にここは謙虚になり、消費者から苦情を聞きだすぐらいの心構えがないとスーパーの経営などできないのだ。

地域一番店としての面影はもうすでにどこにもなくなった。あとは、もう閉鎖を待つだけだ。こうした光景は、あなたの周辺のスーパー、生協などでも起こっていたはずだ。いや、いまでも起こっているのかも知れない。

 

小売業の転落などあっという間である。

スーパーの場合、生鮮3品で勝負をしないと消費者の集客力などつかないのだ。加工食品などでどうして消費者を躍らせることができるのか。値段の安さしかないはずだ。非生鮮品は鮮度が勝負ではないために、消費者は買い急ぐ必要はない。


しかし生鮮とくに野菜は生活必需品で鮮度が大きくものをいう。また品種、産地によっても大きく違うのだ。さらに担当者のやる気がもろに売り場に反映される。そしてコナレタ値ごろ感の演出が決め手になるのだ。まさに売り場は売る側と消費者の真剣勝負の場であるのだ。

 さて納入業者はそのリベート分をどこから捻出するのか。


答えは一つしかない。納入価格に転嫁するしかないのだ。

そこで売り場は売価を高めに設定せざる得なくなる。


この時点で、スーパーとしては価格競争にもう敗れていくのだ。


仕入れ部長が買収されていると仕入れのチェックがなかなかできない。確かに社内はそうかもしれない。


しかし癒着・不正は遅かれ早かれ必ずバレるのだ。


消費者の眼もある。消費者は厳しい判断をする。その店舗を利用しないで他店に行くだけだ。



消費者はチラシ広告を丹念に見ていることを忘れてはいけない。

競合店の価格を細かく取材しているのだ。競合店の動向を知らないのは、おそらく店舗の担当者ぐらいかも知れない。店舗では売れないから余計に売価が高くなる。しかも手入れはされない。品質は劣化していく。この悪循環にはまり経営は傾いていく。それだけではない。沈没しかかった舟にいつまでも有能な社員は乗っていない。

  

仕入れ部長は個人的にいっとき太るが、悪はそう長くは続かない。会社は競合店に買収されるかスクラップされるかのどちらかとなる。スーパーなど一夜にして吹っ飛ぶのが常である。



いままでにどれだけ多くのスーパー経営者(創業者)が晩節を汚し会社を追い出されていったことか。能力がなければ、どこかのオーナー社長のように叩きだされていく時代である。

スーパーの経営者などはもっと謙虚にそうした視点で、絶えず内部をチェックしていないといけない。消費者の苦情は積極的に取り入れ、社外重役のようなつもりで捉えていなければならないのだ。

 

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